じぶんとの時間、ありますか?

日記
12 /04 2016
今日、絵日記のほうにも書いたのですが、自分との時間を大切にしようとすると、他の人のことを考えない時間が必要になるな、と思ったのです。


わたしたちはみんな、いろんな「他の人」と時間を共有しますよね。
仕事、友達、家族、などなど。
わりとひとりでお家にこもりがちな生活の方でも、お店に行けば店員さんがいるし、宅配なら届けてくれる人がいるし、インターネットでコメントをやりとりしたりするのもある種の時間の共有ですよね。

そんななかで暮らしていると、頭の中にはいつも「誰かの目」があって、「こんなことすると(あるいはしないと)こう思われるかも」とかなんとか、「他人の目」というフィルターをかりてきて、つけてみて、自分を見張って、裁く。という、なんともやるせないことを日常的にしてしまう傾向があるように思います。

しかもその「誰かの目」の「誰か」は、わたしの大切な、大切な、人たち、ではないことがほとんどです。

人間関係に「友達」とか「親友」とか「知り合い」なんて形をつけるのがとても苦手なわたしなのですが、それでもまぁほんの数人、なにをさておいても大切にしたいような人がいます。

その「大切な人」が「これをやったら、わたしのことこう思うかしら?」とか考えることって・・・・ないです。

だって、「わたし」を受け入れてくれている、って信じているから。

なにをしても、しなくても、わたしはただのわたし、って思ってくれている、と信じてるから。


なのに、わたしは、それ以外の人たちを、「誰かの目」
つまりわたしを見張って裁くもののように疑っているのだなぁ、と今、申し訳なくなりました。

たとえば、めったにお会いしないものの、なにかの機会に顔をあわせれば「久しぶり!」と笑顔をくれる人。

たとえば、インターネットでしかお付き合いはないものの、優しい言葉をかけてくれたり、わたしの創作をたのしんでくれたりする人。

そういう人を、勝手に、意地悪な人に、わたしの頭はしたてあげることがあります。(ごめんなさい)

思考、エゴ、意識、いろんな言い方があるけれど、
頭。
頭で考えることは、時として、わたしを守ろうとしすぎて暴走してわたしを傷つける。


なにより、笑っちゃうけど、自分が自分を、
「なにをしても、しなくても、わたしはただのわたし、って思ってくれている、と信じてない。」

そう、実はわたしが、「誰かの目」と感じている、見張って裁く「目」は、
「わたしの目」なんです。

だから、みんな意地悪、みたいに感じてしまうことがある。
だから、自分も裁かれてるから誰かのことも裁く。
だから、わたしはいつも、人がなにを考えているのかわからなくて、さびしくて、悲しい。

違う。
わたし、わたし、わたし!
全部、わたしに対して、思ってることなんです!

他の人は関係ないんです!

「わたし」が意地悪、みたいに感じてしまうことがある。
自分も裁かれてるから「わたし」のことも裁く。
わたしはいつも、「わたし」がなにを考えているのかわからなくて、さびしくて、悲しい。



・・・そういうことに気づいて、考えるのをなるべくやめることにしました。
「考える」という方法では、「わたし」と交流することはできない、と気づいたから。

自分と向き合いたい時、
自分と仲良くしたい時、
自分を信じたい時、


そう、リー師匠のあの言葉、

「考えるな、感じるんだ」ですよ。

生きている、息をしている、血が流れている、おなかがすいている、
この「わたし」を、ただ、ただ、感じて、

ただ、したいことをすればいい。見たいものを見ればいい。それが、自分と交流することなんじゃないかと、思うようになりました。

今から完全に「考えない」っていうのは難しいかもしれませんので、もしよかったら、毎日ほんの少しの時間でも、自分の存在を感じて、自分と交流してみませんか。

なんかね、けっこういいものですよ。
とってもラクで、安心で、心強い味方ですよ、自分って。
しかもですね、ずっと「なりたかった自分」みたいなんです、感じる「自分」って。

そんな「考える」をてばなして、「感じる」自分が見る世界は・・・
みんな優しいなぁ。
みんな美しいなぁ。
なんか嬉しいなぁ。
なんかそういう感じです。

わたしもまだまだ実験中、
どんどん考えるのやめて感じてみますよ〜!
ぜひご一緒に!



いいことしかないよ!




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コブタ関係のあれこれをまとめたホームページ、こちらにあります〜☆






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じぶんづきあい、してますか?

日記
11 /24 2016
先日よりコブタTV、再開しまして、あたたかいお言葉をいただいたり、お子様が喜んでくださったりと、とてもほのぼのした嬉しい毎日を過ごしています。

前回の日記で書いた、「繰り返し話しかけて脳に信じさせちゃう作戦」、けっこううまくいってるようです!
こうあるといいな、って状況に、今なってるねぇ、って話しかけるのですが、私の場合は、
「うまくいってるねぇ」
「安心だねぇ」
「ありがたいねぇ」
「大丈夫だねぇ」
「しあわせだねぇ」
「満たされてるねぇ」
「与えられてるねぇ」
って感じでしょうか。

毎日ひまさえあれば自分にこう話しかけていると、とてもホッとします。

無いものに焦点をあわせてしまうと、「無い、足りない、人生」になってしまう。
あるものに焦点をあわせていると、「ある、満足な、人生」になる気がします。

なんかね、脳ってほんとかわいいやつなようで、上に書いたような
「うまくいってるねぇ」
「安心だねぇ」
「ありがたいねぇ」
「大丈夫だねぇ」
「しあわせだねぇ」
「満たされてるねぇ」
「与えられてるねぇ」
って言ってると、「えっ?何が?何がありがたいの?なにが与えられてるの?」って検索するんですって。
んで勝手にその対象を見つけてきて、「ああ、あれでしょ?そうそう、ホントありがたいよね〜」って納得するんですって。

脳。

しあわせなやつ。


そんなしあわせで、うっかり自分に洗脳されてしまうようなかわいい脳と毎日きゃっきゃ遊んでいます。
しあわせだね、嬉しいね、楽しいね、って脳に話しかけることで、わたしもよりいっそう嬉しく楽しくなっているようです。ほんと、自分ってひとつじゃないんだな〜。
意識とか無意識とか体とか脳とかなんかホントいろんなわたしがいるみたい!
おもしろいなぁ。

「じぶんとなかよく」はわたしの人生でもとても大きなテーマなので、この興味、どんどん追求していきたいと思います。

皆さんも、ひとづきあいにお疲れでしたら、ちょっと「じぶんづきあい」楽しんでみませんか。


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大丈夫よ、大丈夫。

日記
11 /13 2016
まだコブタTVおやすみ中なわたくしですが、ようやく体の調子も少しずつ整ってきまして、のんびりコツコツな日々に戻りつつあります。

「あ、わたし、これが好きなんだな〜」としみじみ思う物事もひとつずつ確認できたりして、のんびり嬉しく過ごしています。

しかし本当に幸せの形というのは人それぞれですね。
つい色んな情報に触れていると、ひとのものが良く見えるといいますか・・・「それいいな!わたしもほしいな!」って、自分にないものにつられてしまうんですが、よくよく考えてみると、わたしには合わないものだったり、手に入れたら持て余しそうなことだったり。
そういうのに気づけないで、やみくもに欲しがる時って、たいてい疲れてる。

そう、疲れてる。

よく、「望みはなにか?」って自分に問うと、お金、とか、時間、とか、環境、とか、まぁ色々出てきますよね。
で、「それをなぜ欲しいか?」って問うと、突き詰めて問うていくと、、、

「安心してぐっすり眠れそう」

ってとこに行き着いたりしませんか。

わたしは行き着きます。

ようするに寝たいのか。

いや、毎日時間も決めずに寝てます。

そうじゃないんです。

ようするに・・・


「あ〜もうなんにも心配しないで大丈夫!もう大丈夫なんだな〜」


大丈夫になりたいみたい。

心が、あれこれ心配で、疲れているみたい。


なにがどうなら、なにが大丈夫なのかよくわかんないんですけど、動物ですから完全に安心てことはないですよねぇ。
でも思ってるほど大丈夫じゃないこともないんですよねぇ。


・・・ここで色々な生き方本を漁っているわたくしからご提案が。



脳って言葉くりかえしてると信じちゃうんだって。
だからよく「いい言葉だけ使いなさいよ」とか、「言ってることが現実になるよ!」とかいうらしいんですけど、それを使ってですね、自分に、自分が、「大丈夫だよ、香菜ちゃんはもう大丈夫だよ!安心だよ!いいことしかないよ!」って、毎日言うんです。
鏡とかに向かって言ったり、お風呂などで体をナデナデしてあげながら。

するとどうでしょう!
なんかよくわかんないけどホッとしてきました。

「そっか〜、大丈夫だよね〜」って。


ん〜、根拠とかなんもないのでアレですが、損もしないと思うのでやってみませんか。

だってさ、自分は自分の味方するでしょ。
なにが起こっても、命をかけて、自分を守るでしょ。
そんな自分が言ってるんだから、信じてあげてもいいんじゃないかな〜とも思うんですよね。

「そだよね〜、ほかならぬ香菜ちゃんが言ってるんだから、信じちゃおっかな〜!」

そんな軽いノリで、試してみませんか。

もっと自分ちゃんを信じて、尊重して、仲良くなって、安心していきませんか。

「自分を大切にする」って、難しく感じてしまうこともあるけど、これだけは、なにはさておき、全力でいきましょう!

大切だよ、愛しているよ、大丈夫だよ、って、声くらいかけよっかなって、思ってる次第です。




ピントのあわせかた

日記
11 /07 2016
前回日記を書いてから、ちょっとコブタのこととかは考えないようにして、「今したいこと」をして過ごしています。

わたしは自己啓発本や、ライフスタイル本、かんたんな心理エッセイ、ちょっとスピリチュアルなものまで、いわゆる「生き方指南書」が大好きなのですが、まぁいつもいつもくじけそうになったらまず本屋さんです。

今回ももちろん本屋さんです。

んで、以前読んでピンとこなかったものが今はヒントのかたまりみたいに見えて買い直したり、新しい考え方に出会えたり、ほんと本屋さんは楽しいなぁ・・・!

あっ、いえ、本屋さんの話をしたかったのではなくて、その後なんですが、



わたしは今までじぶんなりに一生懸命、そりゃあもう必死に生きてきまして、それがいいことで、そうであるべきだと思ってしまっていたんですよね。

だから「タスケテー」っていうのホント苦手で、今も練習中です。
結果はどうあれ自分でやっちゃったほうが自己責任で納得いくし、そのぶんまた役立つ能力がつくかもしれないしね!って、思ってました!
本気で!心から!どんどん、なんでもできるようになって!いつか、「もうこわくないぞ!」って思えるって、信じてました!



いや〜

すごいんですよ。

なにがすごいって、

自分が望んでる状態は真逆だってことですよ。

なんにもできないわたしを愛してほしいんです。
なんにもできないわたしを守ってほしいんです。
包んでほしいんです。甘やかしてほしいんです。
与えてほしいんです。ナデナデしてほしいんです。

ただ、存在してる、ってことを、喜んでほしいんです。

一度だって、「香菜ちゃんは役立つから大好き!」なんて言われたいと思ったことないよ!!!

でもそのへんのことに、必死すぎて全く気づけなかったよ!

よく読む心理エッセイで、心屋仁之助さんというかたの本があるのですが、そのかたの本に、「うまくいかないなら真逆のやりかたをしてごらん」って書いてあって、う〜ん、なんかよくわかんない!って思ってたんですが、なんでよくわかんなかったのかが今わかりました。

なにがうまくいってないのかすらわかってなかったからだ。

欲しくもないものをがむしゃらに追っていたよ、わたし!



わたしははたから見ていろいろ恵まれている自覚もあります。
だからただ自分は甘えたで、ぐずってるんじゃないか、って思ってました。

でも、なにが幸せかなんて、物差しないですもんね。

わたし、まぁ結局幸せなんですが、どこか表面的に、「幸せ」って力づくで思い込もうとしていた。

幸せってこれでしょ?って、よくわかんないのにとりあえず手に入れてた。

だから苦しくて、しんどくて、疲れてて、かったるくて、めんどうで、なんも楽しくなくて、ただひたすらこなすことしかできなくて、ためいきばかりだったんだなぁ。

ていうかさほど欲しくないくせにわりと手に入れてたなぁ。すごいなぁ、なんか。ちからはあるんだよなぁわたし。(すみません、自分ホメときたいのでゆるしてください)



でね、まだ練習を始めたばかりで、それこそよちよち歩きどころか、まだ寝返りもうてず、もだもだしている生まれたて状態ですが、はじめてみたんです、真逆の生活。


できても、しない。

あれもこれもできるかもだけど、したい!って心から思わないなら、やめとく。

したいなぁ、と動き出したくなることは、できてもできなくてもする。


そしたらはじめた瞬間から、なんだか世界って優しいなぁ、って思うことがたくさん。
実際わたしだけに特別なにかがおこっている、というより、優しい世界に自分のレンズのフォーカスが合ったような感じ。

いや、実は実際すっごい奇跡的な嬉しいこともあったんですけど、なんかそういうの書くと「こうすればこういう結果が得られる!」みたいな、意味のない、うさんくさい話になっちゃうから、ちょっとやだな、と思うので、はぶいときます。



同じように、右往左往している皆さん、

世界は優しいよ。

誰に、とかじゃなくて、わたしにも、あなたにも、優しいよ。

優しい世界に生きたいな、と思ったら、焦点をかえればいいだけみたいだよ。


レンズの焦点の変え方が、いろんな生き方本に載ってる工夫なんじゃないかな。

「本気で、真剣に、自分を世界一大切なひととして扱う」

「したいことだけする」

「嬉しいものだけそばにおく」

「いらないもの、嫌いなもの、やなものは捨てる」

「結果とか答えとか先のこととか、今の自分にわからないものは宇宙でも神様でもなんでもいいからなんかすごい人知の及ばない大きな力にお任せする」

(最後のは、ようするに「わからないことは考えない」ってことだと思うのですが、わたしはこういう結果じゃなきゃだめ!ってガチガチになりやすいので「なんでもいいけど今のわたしにいちばんいいものをください!よろしく!」ってゆるい神頼みみたいな、宝くじの結果待ちみたいな気持ちのありかたにしています。
「考えて答えのだせないものは考えない」ができるかたはそれもとてもいいと思うので、無理にスピリチュアルっぽい感じを受け入れる必要もないと思います。)




またあれこれ気づいちゃってしょんもりしたりびっくりしたりするかもだけど、それも楽しみだよね、だってそのたびにいろんなものをまた受け取るから。
サプライズプレゼントだよ!


こんな流れの中で、コブタにたいしてもいろいろ気持ちの変化もあるようです。
もちろんコブタは大好きなので、やめたりは今のところしませんが、不定期公開にしたり、いろいろわたしが楽しいように、そのあふれる楽しさを皆さんとわけあえるようにしていこうと思います〜。

こういう脳内もれ日記もそうですが、ホント、いつも皆さん、ありがとうございます。
見てくれて、読んでくれて、応援してくれて、好きになってくれて、笑ってくれて、たくさん、気持ちをありがとうございます。

いいことしかないよ!


ま〜たちょっとビックリだよ

日記
11 /04 2016
これ、わたし楽しいって思うかな?したいかな?って確かめながら、よちよち歩き始めてますよ〜・・・って思っていたんですが、なんかどうも調子が悪くて、親知らず抜いて左右のバランスが変わったからな〜、そのせいかも〜とか思いつつも、コブタTVは月曜にはなんとかアップせねば・・・と毎週やっていたら

首が物理的にまわらなくなり、今、痛くてしょんもりしてます。

んで、ちょっとやることが多すぎるのかな〜?理想の一週間の感じって、どんなかな〜?って書き出してみていたんですが・・・

「疲れない範囲でほどほどに創作して生活できたらな〜」・・・って・・・・・

「それでうまくいけばな〜」・・・って・・・・

つまりその・・・





わたし・・・

わたし・・・・・・!


この後に及んでまだ全然、
「自分というものは、なにか作らねば、提供せねば、価値はない」
と思ってる!




・・・うおおぉぉおおおおおおお・・・ショックです。
わたし、
びっくりです。


これだけ何年も何年もしつこくしつこく、
なんとからくに生きることはできないか、
ただ存在する、というだけで人はとんでもない価値がある、ということを納得できないか、
自分を全力で愛せないか、

なんでもない自分を
なんにもしない自分を
なんにもない自分を
それでいい、そのまま、あるままのわたしでいい、と
心から納得できないか、と、

必死に必死に必死にやってきたと思ってた
やっとやっとやっと掴みかけたと思ってた
のに

なーんにも変わってなかった。

肩の力のぬきかたがわからない。
深呼吸のしかたがわからない。
ぜんぜんガチガチに固まったままの、わたし。



・・・あ〜もういいかげんにしたいな、こういうの。
終わりにしたい。いいかげんうんざりだな。

価値なんかなくたっていいじゃん。
わたしにも。
作品にも。
やりたいならやればいいじゃん。
やりたくないならやらなきゃいいじゃん。


それでも、そこに価値をみだしてくれる人もいるじゃん。
愛してくれるひともいるじゃん。

ただわたしだから、いいね!って言ってくれる人、いるじゃん!

それにそもそもそんなのいなくったって、いいじゃん!

わたしがいるじゃん!
生きてるじゃん!


・・・なのに
ないものばかりを求めている。

誰だかわかんない「みんな」の承認。
誰だかしらない「みんな」の愛。

ほんとうにほしいものはそんなんじゃない。

ほんとうにほしいものは全部ある。

なのにこうして言葉に書いていてもそれをわかれないわたし。
理解できない。
受け取れない。

そういう、ほんとうにほしい、ほんとは全部ある、それらは、なぜか薄いカーテンみたいなものの向こうにあって、わたしはそのことを考えようとすると、頭に霧がかかったみたいになって、ぼんやりしてしまう。

いつか死ぬのに。
せっかく今、生きてるのに。
健康で恵まれた環境なのに。
なんでもできるのに。


はがゆい。
なぜにそんなにかたくなに。

そしてそのかたくななわたしはなんかわたしの中心に今手足をつっぱって陣取っているのはわかるんだけど、
それをはがゆく思っている、このわたしはいったい何者なのか。

あ〜も〜わからない。

あんまりびっくりで、ブログに書いたら頭まとまってくるかしら?と思ったのですが今はダメそうです。
なにもまとまらず、読んでくださってるかた、すみません、
いつも応援してくださってるおかた、ほんとにすみません、

しばらくいろいろ休んで、ぼんやりしてみます。



・・・そうだ、御苑にいこう!おすすめです、秋の御苑。








武内香菜

25歳くらいの頃漫画家デビューして、3年間ほどホラー漫画を商業誌にて連載後、うつになり1年間ほど療養。
友人の映像制作会社立ち上げを手伝うなかで会社設立の流れを学び、2003年に(有)ユーデンフレームワークス を設立。在籍中に北米で漫画単行本を三巻出版。2011年講談社アフタヌーン誌にて四季賞を受賞。他、映像作品のキャラクター、衣装デザイン、企画用イメージイラスト作成などの機会をいただいていました。代表取締役として10年間勤務した同社を2013年退職。
今までの人生、いろんなことをやったのに、何がしたいかわからない自分に3年間みっちり向き合った後、2016年7月からYouTubeにて「コブタTV」というおやすみ前の3分間癒し番組を始めました。

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