YouTubeにさみしいわたしの居場所を作りたい(7)

YouTubeにさみしいわたしの居場所を作りたい
08 /11 2016
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夢中になりたい。


創作の原動力ってどんなものでしょうか。

憧れの画家や作家はいつも素敵だな〜、こうありたいな〜という言葉や思いを残してくれています。
「作ることそれ自体が原動力だった」
「人の喜ぶ顔が目に浮かぶと頑張ろうという気になれた」
「ただひたすら作ることが好きで、夢中で、気がついたらずっとやっていた」
「自分にはこれしかなかった」

わたしにはわたしの場合しかないわけですが、いつもそんな「夢中な状態」に焦がれつつも、違いました。

「これで食べていけたらな〜」とか「ほかのことはなんにも考えないでただひたすらに創作できたらな〜」
って、思わなかったこと、多分あんまないです。邪念がいっぱい。

今も「どうしたらもっとたくさんの人にコブタTVを見てもらえるのかなぁ」「なんとかお仕事にしていきたいけどまだ全然方法も方向も見えなくて不安だな〜」って恥ずかしながらちょくちょく思っています。

あっ、これ自分の中で一番恥ずかしい気持ちかもしれない。
この、創作を仕事にしたい、と考えるとき思うのはこんなことです。

「あわよくば色んなメディアの形になって、そこそこ大儲けしたいな〜」(妄想の領域で、発展系で考えることもあり、ウットリして我にかえるとややむなしい。)

「そんなに大儲けしなくてもいいからお金のことは考えず、したいことをしていられるくらい稼げる仕事にしたいな〜」(これ今とてもリアルな思い)

「仕事にしたいとかお金にしたいとか考える時点で創作にたいしていやらしいんじゃないないかしら」(これはとてもよくない考えだと思うけど習慣的で、好きなことできればお金なんていらない!でしょ??って、作り手に周りが思わせてしまう場合もある危険な、でもわりと根付いてしまっている考え。人の創作に対してはこう思わないのに自分はなぜか別。)

「え〜これでお金になると思ってるの?図々しいんじゃない?って自分も人も思うだろうなぁ・・・」(自発的しょんもりで、「そんなことないよ、その価値あるよ!」って言って欲しい、甘えたな自分)

「あ〜あ誰かわたしの創作がとてもいい、と思ってくれる人があらわれてどんどん売り出して応援してくれないかな〜」(これ究極に恥ずかしいんですがちょっと思ってて、もう白馬の王子様を待ってるみたいなアレです)

「収入以前にどれをどのくらい見てもらっているかの数字が出てることが実力のなさを見せつけられているようでキツイ・・・!恥ずかしいからもうやめちゃおうかなぁ・・・」(今はここまで思わないけどキツイ、とは思っているかも。)

こんなことがぐるぐると頭をめぐるんですが、こうして文字にしてみるとちょっと他人事みたいになって冷静になります。



・・・あ〜、わたし、恥ずかしいんだな。
評価されないことが恥ずかしい、と思っているんだな。
そういう意味ではお金の問題じゃないのかもしれない。


過去にちょこちょこっと漫画やデザインやなんやかや創作的なことで偶発的に仕事をさせてもらえていたので、変なプライドみたいのがあって、今はもうゼロから、1から、なんだよね〜この歳で・・・!って、最も忌み嫌う考え方を、自分が自分にしているんだ。

今も「偶発的に」なんて書いちゃったけど、わたし、たくさん描いてたじゃない。たくさんたくさん考えて、作っていたじゃない。偶然、なんて言ってしまったら全てがそうだけど、ちゃんと好きでやってたことに結果出したりしてきたじゃない。なにをそんなにコソコソ恥ずかしがっているんだろう?

この歳で、っていうのも年齢なんて関係ない、「この歳」って思ってることが歳を感じさせるんだ、って思っているはずなのに、なぜに自分に対してはそんなに恥ずかしいのかな??

問題の本質が少し見えてきたような気がします。

恥ずかしさの正体、そして心から納得できる自分の創作のありかた、
これがもし心からわかると、とてもいい感じになってくる気がします。


それに、今の時点でも、ずいぶん以前よりは気持ち良く創作できているのです。
演技してアフレコとか冷静になるとなかなか恥ずかしいけど、そんなことよりコブタTVおもしろくしたい!っていうほうに必死で、恥ずかしがってる場合でないです。

できあがって配信したものにも時々「うわ〜これ失敗しちゃったな〜」って思ったりすることもあるのですが、「これも味だね!」って本気で思えるようにもなりました。

これはコブタTVが、すごくたくさん作らないと週5回分作れない、というのが大きいです。

じりじり時間かけて、締め切りもなくものを作るとなにが正解かわからなくなるので、とにかく今できる精一杯で作って、世に出したら未完成でも納得できてなくてもそれで完成!

失敗したら次はその分よくなるとこが増えるからそれでいいや!

あれこれ考えるより今やれることを楽しんで、なるべく笑って、おいしく食べて、グッスリ眠ろう!


もしかしたら、こうした日々を繰り返し、積み重ねていくなかで、「評価されないと恥ずかしい」というなんとも恥ずかしい気持ちも、それどころではなくなって、霧のようにちらばって消えていくのかしら。




つづく

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YouTubeにさみしいわたしの居場所を作りたい(6)

YouTubeにさみしいわたしの居場所を作りたい
08 /06 2016
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インターネットでちょっと笑える画像やつぶやきを見て笑って寝たいな〜とついつい探してしまう・・・とはコブタも言っていましたが、いまだにクセで見てしまいます。寝る前2時間のブルーライトはダメ!・・・でもついつい。

こないだちょっとハッとするつぶやきがありました。
子育てについてのつぶやきで、
「外出間際にこどもがモタモタしてイライラしてしまう時は、子供の何かをしてる手元を見るのではなく、表情、眼差しを見ているとその真剣さにずっと待っていられます」といった内容でした。


記憶がない。
今までの人生で一度でも他人にたいしてそうやって待った記憶がない。
言葉と態度が全てだった。「わたしに対する言葉と態度」が。

心に寄り添うとはこういうことでしょうか。

今までのわたしは本当に本当に、ひとりだと思っていたんだなぁ。
自分対世界。
世界がわたしにどう出るか。
それに対してわたしはどうするか。
それしかなかった。


失ったもの、壊してきたもの、傷つけたものは、人間関係だと思っていたけど、それさえ違う気がする。
わたしは一生懸命関わろうとしてくれた人と心から関わる「機会」を、壊して失ってきたんだ。

気づいてしまうと今までわたしに関わろうとしてくれて、あ〜この人自分しか見えてないな〜と思わせてしまったかたには申し訳なさでいっぱいになって、落ち込みそうになりますが、この気づきを今この時からの日々に活かせればいいなぁと思います。



たとえば、
電車や道で、ちょっとぶつかったりなんだりモヤモヤすることがあります。
そんな時でさえ、その表情、眼差しを見ると、疲れていたり、必死だったり、なにかに夢中だったり、寂しげだったり、
生きているんですよね。みんな。
なんとかかんとか一生懸命生きているだけで、ぶつかったわたしに対して笑ってやろうとか、迷惑をかけて困らせてやろうとか、そんなの微塵も思ってないんですよね。

でも自分しか見てないと、「なぜ、わたしに、そんなことをするのか」という感じになる。
なぜもなにも相手はわたしなんて見てないのに。そうは思えない。
だって、わたしか、わたしに対する世界か、しかないから。



わたしこそまさにその電車や道でぶつかったりなんだりしてる人でした。

必死に生きていて、ぶつかった相手も見えてない。
心は、息をとめて歯を食いしばって作り上げた自分だけのちいさな部屋を、ここだけは安全だと守ろうとして、まるでゴミ屋敷みたいな、いらない気持ちでいっぱいのその部屋で、ぎゅっと丸まって隠れていました。

ホント、ごめんなさい、お友達の皆さん、お知り合いの皆さん、そうだった皆さん。

過去はいい思い出として、これからはほんの少し、足を止めて、焦る気持ちを深呼吸でしずめて、その表情、眼差しを見ようと思います。
できればその心に寄り添えるように。


失ったものは戻らないけど、新しくつくることはできる。人は出会える。
もし今疎遠になってしまった人でも、また再会できる。出会い直せる。
まずはまた人と関わる機会をつくれたら、というのもコブタTVの原動力のひとつです。

「今わたしはこんなことして、こんなこと思ってますよ〜!元気ですよ〜!よろしければまたお会いしましょうね〜!まだ出会っていない、これからのお友達の皆さんも、どうぞよろしく〜!」


つづく

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YouTubeにさみしいわたしの居場所を作りたい(5)

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08 /05 2016
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今日新宿御苑に年間パスポートを作りに行ったのですが、少しワクワクしていました。


毎年このパスを作っているんですが、それまでパスに貼る写真は自分で用意していくシステムだったのが、去年からその場で写真を撮ってくれるようになったんです。ラクラク便利。

・・・それが、去年すっごいブス写真で、少しショックだったんですよね〜。

でも写真って、自分では写り悪いものでも、他の人から見るとまんまその人だったりするじゃないですか。
だから、その写真をまじまじと見ているうちに、なんだか笑えてきて、
「わたしってブスだな〜でもそこもかわいいな〜」と思えてきたのです。

これ、すごいことじゃないですか?

自意識過剰チームとしてはかなりすごいことじゃないですか??

頑張ってお化粧して、かわいく、もしくはきれいに、はたまたかっこよく見られたい、好かれたい、愛されたいと日々努力なのに、「ブス、でもそこもいい」と自分を愛おしく思える、って、自己肯定感低いことに気づくことさえできなかった、生きるのに必死すぎて味方じゃない人は全員敵なんじゃないかとビクビクして生きてますチームの人間にとっては、これ以上の成長がありますでしょうか。

今はまだそう思えない人がもし読んでいたら言いたい。
それ、きっと変わります、変えられます、あなたは必ず自分を心から愛せるから、大丈夫ですよ、ラクになる方法はたくさんありますよ、あなたに合ったやりかた、タイミングが必ずありますよ、大丈夫ですよ。


で、なにを本日ワクワクしていたかというと、おわかりですね、

今年はどんな顔で写るのか。

これです。
で、結果ですが、ブスでした。いい感じに。
係りのおじさんが「お写真これでよろしいですか」と聞いてくれたのは親切なのか同情なのかマニュアルなのか。
「大丈夫です!」と笑顔で受け取りました。
今年もブスパスを1年大切に持ち歩き、たまに見て笑おうと思います。


話がまたそれてますがこうしてどんどんラクになっていっているわたしは、コブタTVを始めよう!と、毎日スタバやタリーズで案を出し、人形を作り、セットをつくり、絵を描き、少しずつ、少しずつ、エンジンがかかってくるのを感じていました。

ああ、たのしい。ラクだ。わたしはやっぱりこうしてなにかを作っている方が、何もしないよりラクなんだ。

それまでたくさん本を読んで、考え、悩み、心の中をノートに書き、ものを捨て、人から離れ、心にたまったモヤモヤをひとつずつ片付けて、いいかげんそんな毎日にも飽きてきた頃、やっとやっと、「ワクワクする」という感覚を実に数十年ぶりに思い出したのです。

それと同時に、失ったもの、壊してきたもの、傷つけたものがたくさんあることがよくわかりました。


つづく

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YouTubeにさみしいわたしの居場所を作りたい(4)

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08 /04 2016
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むかしから、夢中な人に憧れていました。

わたしがいいなぁ、こうなりたいなぁ、と思う人はたいてい男性で、身なりにかまわず鏡の中の自分なんて見てないみたいな人。
なにを着るか、なにを持つか、なにを食べるかとかそんなことより今の興味に夢中な人。
そういう人に寄り添いたいというのはなくて、自分自身がそうなりたいな〜と思っていました。
でも日本はこういう国ですね〜、女性が身なりにかまわず、という時点で厳しい目が向けられます。

わたしはずいぶんTPOとか社会人としてうんぬんを気にしないで好きな格好をしてきたほうなのですが、それは「今、この服が着たいから!」とかではなくて、ずっと何者か自分以外のものになりたかったからです。
コンサバ、ボーイッシュ、ゴシック、ロリータファッション、アメカジ、ガーリー、いやもうほんとに色んな格好をしました。
何者かになりたくて。


30代の前半にニュージーランドにちょっと行ったのですが、その時、お化粧もせず、捨てて帰るつもりのTシャツで町を歩いた時、「周りの人なんて誰もわたしを見ていない。」ってとても気持ち良く感じました。
こういう感覚、海外に行くとよくあるそうですね。
日本に戻ったらすぐ消えてしまいましたが、ずっとその感覚が忘れられなくて、胸の奥にありました。

春までつづいたお片づけですっかり服もなくなって、お化粧もほぼやめてしまったので、今はその時の感じを味わえています。
いや、服がどうとかお化粧が、ってことじゃないんでしょうね。
「女を捨てたとか思われてもいいや。わたしはただのわたしで、このままが好きだ。」って心の底から思えたからです。

そもそも「女を捨てた」とかって誰が言うのかしら。
わたしはまだ言われたことないじゃない。
面と向かって言われたら、「自分を捨てるよりよほどいいよ」って言えるし、もしも陰で言われたなら、陰口を言うような人と付き合わなければいい。
そもそも条件付きの愛情なんていらない。
なんにも問題ないじゃない。

誤解がないように書きますが、わたしは女を捨てたいわけではないです。
正直どうでもいいとは思ってますが。
人を愛せる、優しい笑顔の人間でいたいです。
それにかわいいお洋服やお化粧はとても素敵だと思っています。
ただわたしの人生の優先順位をよく考えたらあまりにも順位が低かったから、大切なことを大切にするために、削ぎ落としたのです。

あっ、これもいいですよ、自分の優先順位を確認するの。
紙に今の自分がしてること、持ってるもの、大切なもの、こと、あれこれ書き出して、順位をつけて、なるべく下の方は捨てる、やめる、片をつける。
とても心や頭がすっきりと暮らせるのでオススメです。

わたしの優先順位は今コブタTVが上位3つの中にあるわけですが、いままで、わたしは自分に「なにか作らなければ存在価値はない」と枷をつけていました。
でもこの3年しつこく自分に向き合い、なにもなくても存在するだけでオッケーよ!ってとこまできましたので、もうなにも作らなくてもいいのかもな〜と思ってもいたのですが、作ること以外に、簡単に毎日できることが極端に少ないことにも気づきました。

人にはそうでもなくても、自分には簡単な(あるいはラクな)ことって、向いてることなんですって。
人と話すのが苦じゃない、むしろ楽しいとか(わたしは電話がホントに苦手で、もし電話の仕事についたらと思うともう絶望です)、お掃除が好きでたまらないとか、機械をいじっていたら時間をわすれてしまうとか。

わたしの場合はおそらく描くこと、作ること、表現することだと思います。(レベルとか才能がどうとかというより好き、スムーズに楽しめる、頑張らなくてもできることという意味です)


あれもちょっと描きたい、これもひとつ作りたい。そんなのならいっぱいいっぱい頭の中にある。でも、

なんのために?

作って、それ、どうするの?

ひとつのジャンルにまとまらないと発表しようもないし発展させられないんじゃない?つまり、作って満足できるならいいけど、表現したいならそれだけじゃダメよね??


そうやってうやむやにほったらかしたアイデアたちが、インターネットに居場所を見つけたのが「コブタTV」でした。

コブタTVという一つの世界で、わたしのできること、したいこと、楽しいと思うことが全部できる!そして、「さみしいな、と思わなくても居場所があるよ!いつもコブタが待ってるよ!」って誰かにちょっと立ち寄る場所を提供できるかもしれない!と、なんともワクワクしはじめたのです。

じつはここにも自分的にビックリがあります。
自分でいっぱいいっぱいだったわたしが、同じようにさみしく感じている、どこかで暮らす全然知らない人に、本気でラクになってほしい、って思っているなぁ・・・って。

もう、外に向いているんだね、その目は。


つづく

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YouTubeにさみしいわたしの居場所を作りたい(3)

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08 /03 2016
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「自分がどう見られているか」という意味の「自分」はいらないなぁ、捨てよう、と決めたわたし。

こうして一列の言葉にできて、うんうんうなづいている自分にビックリするくらい、自意識はわたしにとっていちばん大きななにかでした。

自意識、余計なお世話ながら、ホント捨てることをオススメしたい。
人間ですから全部は無理ですが、自分で持て余しているな、って感じる部分だけでも。
ラクだよ〜、もともとあまり強くない人にはピンとこないかもなんですが、ホント、全然違う。

自意識しんどい、と思っている方にオススメのはじめの一歩は、「人を裁かない」ってことです。
他人の罪や、出来事や、言葉に、マルとかバツとかつけない。
そう心に決める。

マルとかバツとかつけると、人って自分にも同じ裁きをするらしいです。
たぶん潜在意識は自他の区別がない、っていうアレのようなものだと思うのですが、人を裁けば裁くほど、自分をがんじがらめに縛ってしまって、その苦しさつらさから「わたしはちゃんと正しいことをしているんだから人もそうでなくてはいけない!」って裁いちゃう。

その地獄ループを断ち切るには、裁かない。
人も、自分も。

わたしの場合ですが、モヤ・・・とし始めたら唱えるように思っていました。
「人は人、わたしはわたし、みんな良いも悪いもない、ただ一生懸命生きているんだ」
そう思うと、自分が必死で苦しい分、世界中の他人が、みんな同じように必死で苦しい同志のように思えました。

とりあえずなまとめ方をしてしまいましたが、とてもラクになるので、ちょっと頭の端に置いといてください。
苦しくなった時に、何かのヒントになるかも。


すみません、脱線しましたが、自意識を捨て始めることのできたわたしは、元に戻らないように、さらにいろいろ捨て始めました。
*かわいくふわふわに見せたくて着ていたお洋服
*優しい顔に見せたくて使っていたお化粧品
*価値がない、と思われないように精神を集中させて人と関わること
*心を読まれまいとすること

書いてて恥ずかしいです。
しかもなんだか言葉じゃないけどウソついててごめんなさい、って思いました。
せっかくわたしと関わろうとしてくれていた今までお会いしてきた人たちに、わたしはガチガチに力の入った、無理無理な自分しかお見せしてなかったんだなぁ、って思いました。
ごめんなさいね、
もしまたお会い出来る時があったら、いわゆるひとつのありのままのわたしでお会いします。

あ、お洋服やお化粧はお好きでやっている方はどうかやめないで。無理している方はこの機会にラクで自分が嬉しい方向に変えてしまうのも人生の楽しみでいいんじゃないでしょうか。


まぁそういうわけで、この時点でわたしの心はずいぶんさみしくなくなっていました。
コブタも心にいつもいます。
美味しいものを食べたら「ブヒョ〜美味しいブ〜」
困った時は「困ったブー・・・でもブタだからわかんないブー!」
ちょっとおバカで陽気でのんきでいてくれるブタに影響されて、わたしも陽気な時が増えていきました。
一人でいても。

その間も、探す日々でした。
なにかしたい、夢中になれることを見つけたい、ちょっと苦しい人や疲れた人そしてわたしがホワ〜ンとできるような場所を作りたい、わたしにできることはなんだろう、したいこと、好きなこと・・・漫画を描く、人形や工作、簡単な動画を作ったり、絵を描く、お話を作る、デザインする・・・でも全部独学、っていうか勉強したことはないんだよね〜、ただとにかくやってみてるだけ、って感じで、ちょっと器用なだけで・・・

安定の落ち込みループに陥りそうになりましたが、アイデアってずっとしつこく考えてたものが頭のあちこちに保管されていて、ある時突然結びつくそうです。


全部まとめて番組みたいにしてみよう

人形も、漫画も、絵も、お話も、コマ撮りアニメも、居場所も!


あっ、ハマった!とホント月並みですがパズルのピースがパチンとハマった感じがしました。



つづく

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YouTubeにさみしいわたしの居場所を作りたい(2)

YouTubeにさみしいわたしの居場所を作りたい
08 /02 2016
前回の記事はこちら
こちらが前回の記事にも書いた天国イメージのブタです。
天国ブタ

ようするにわたしはブタになって天国で暮らしたいな〜と思っていたみたいです。
じゃあ家を天国みたいに気持ちよ〜くすればいいのかなぁ?とも思ったのですが、それもいいけどもっとたくさんの人と共有出来るしあわせな場所が欲しいんだよね・・・・と思い直し、またもやもや。
だって探しても探しても無いじゃないですか。
ペンギン村も、あーる君の光画部も、マリネラも。
ここではないどこかは、どこにも無いじゃないですか。


そういえば、わたし、座敷童子になりたいな、と思ってました。
ただいるだけで、誰かがしあわせになるようなおトクな存在。
いるだけで喜ばれる子供。
この辺の話はインナーチャイルドとかマインドフルネスセラピーとか母と娘の精神的葛藤とかいろいろややこしいことも絡むのでまた改めて日記に書きたいのですが、まぁともかく自分だけじゃなくてみんなでしあわせになるような場所がほしい、そんな場所を象徴するような人になりたい、というところまでは固まったのであります。

そんな頃、コートを買ったんです。
ピンクで可愛い白いモコモコフードの。甘〜くてふんわ〜りで優し〜いその感じはまさしく
ブタコート
ブタでした。

どこに行っても「お似合いですね〜!」と言っていただけて、照れ隠しもあり「ブタみたいでしょう?!」と笑って返して、ハッとしたんです。

いまわたしは自分を笑い者にして、嬉しかった。

・・・ああ、これだ。
わたしは自分を捨てたいんだ。
よく「生き方の指南書」にある、自分を捨てることで見えてくる世界は、たぶんこれだ。
笑いあいたいんだ、いろんな人と。

わたしは今まで自意識のかたまりで、自分が、自分の作品が、世界が、どう見られるかしか考えてなかった。
どんなに言葉でわかってるふりをしていても、何にもわかってなかった。
自分を捨てるってことはさびしいことでもきびしいことでもくるしいことでもないんだ、
ただ、世界を見る目を開くことなんだ。
世界と、人と、関わろうとするはじめの一歩なんだ。


ずっとずっと生きづらくて、たくさん本を読んだ。どうしたら楽になるんだろう、どうしたら肩の力は抜けるんだろう、どうしたら歯を食いしばって生きなくてよくなるんだろう、ずっと、生きることに必死で、焦っていた。
救いや助けを求めていた。助けて、という言い方もわたしにはわからなくて、小器用に立ち回って、世界も、自分も、見下すように距離を置いて生きていた。

純粋でありたい、素直でありたい、正直でありたい、優しくありたい、のに、どんどん黒く汚くなっていくようで、本当はもう限界なのに、これまた器用にニコニコ笑っていた。


はずかしい、
すごくはずかしいけど42歳の早春、生まれてはじめて知ったのです。
ペンギン村も、あーる君の光画部も、マリネラも漫画の世界で、ここには無いけれど、あるんだ。
ただわたしが「この人はわたしをどう見ているかどう思っているか」という、ホント頑丈に張り付いている強力なコンタクトレンズみたいなものを外して、世界を見れば、人を見ればいいだけなんだ。

このコンタクトレンズのようなものを外す方法はたぶんいろいろあるし、幸運にもいつの間にか外れてる人もいるかもだけど、わたしはついこの間、今年のアタマに、「心にブタを住まわせる」ことによって、外れたのです。

わたし自身がコブタになりたい、と一瞬錯覚したのですが、違います。
だってもう、何かになりたいなんて思う必要はない、って、心から思います。
わたしが何であろうと、変わらない。何も変わらない。
そうじゃないんだ、わたしにこだわらなくていいんだ、そうじゃなくて、ただ目を開いて、手をのばして、触れていけばいいんだ。あのコンタクトレンズのようなものを外した目で。

「ほら、行けブー。世界は広いしすっごい面白いブー。死ぬまでめいっぱい遊ばなきゃソンだブー!」

この時コブタがわたしの中に生まれたんだブー。

つづく


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YouTubeにさみしいわたしの居場所を作りたい(1)

YouTubeにさみしいわたしの居場所を作りたい
08 /01 2016
このブログはわたしの今まで作ったり描いたりした作品の記録用に作ったのですが、紆余曲折を経て、最近YouTubeにチャンネルを持ち、「コブタTV」という癒し系っぽい3分間番組を始めたので、そちらを中心に、今までは人様にお見せするものではない・・・と思っていた内面もどんどん出していけたらいいな〜と思うようになりました。

人生は旅だそうで、旅の恥はかき捨て、と言いますし、無駄なプライドや自意識を捨てていくのにも役立つかもしれない!と思っています。あわよくば。


さて・・・コブタTVを始めよう、と思ったきっかけですが、10年続けた社長業を引退して3年間じっとり自分に向き合ってみたわたしは、居場所が欲しいな、と思ったんです。精神的な。

それでブログを始めてみようかな、とか、また漫画を描いてみようかな、とか、ずっと憧れていた今田美奈子先生のサロンに通ってみようかな、とか、日本画を習ってみよう、とか、着たかった服を着て、徹底的にその世界に染まってみようかな、とかアレコレアレコレやってみたんです。

でもなんだかしっくりこなくって、付け足し付け足ししてって荷物が増えてしまった家が片付いたら頭も片付くかしら、とお片づけに夢中になったり。
家は住人の心をあらわしている、ってお片づけの本で読んでから、家に空間ができると頭にも空間ができるらしい、宇宙は空間ができると埋めようとして新しいものをそこへ送り込むらしい、とちょっと怪しくなってきましたが、そんな感じでコツコツものを捨てていたら、驚くなかれ、新しいものが送り込まれてきましたよ宇宙から。


「天国ほしいな〜」


そう、あの天国です。
しかも生きているうちがいいので、行くのではなく、作るしかありません。
天国ってどうやったら作れるんだろう。あったらみんな嬉しいよね、天国。
そこでわたしはどんな天国にしよう、と構想を練り始めました。
雲のようなクッションをいっぱい描いて、そこで横たわってふかふかしているのは・・・やっぱ幸せの象徴、ブタちゃんかな〜とブタの絵を描きました。

よだれを垂らしてブヒョ〜と気持ちよさそうに横たわるブタの絵。

自分で描いた落書きながらも、「いいなぁ」と見入ってしまいました。
なんだかその日から、ブタが気になりだしました。


つづく

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武内香菜

25歳くらいの頃漫画家デビューして、3年間ほどホラー漫画を商業誌にて連載後、うつになり1年間ほど療養。
友人の映像制作会社立ち上げを手伝うなかで会社設立の流れを学び、2003年に(有)ユーデンフレームワークス を設立。在籍中に北米で漫画単行本を三巻出版。2011年講談社アフタヌーン誌にて四季賞を受賞。他、映像作品のキャラクター、衣装デザイン、企画用イメージイラスト作成などの機会をいただいていました。代表取締役として10年間勤務した同社を2013年退職。
今までの人生、いろんなことをやったのに、何がしたいかわからない自分に3年間みっちり向き合った後、2016年7月からYouTubeにて「コブタTV」というおやすみ前の3分間癒し番組を始めました。

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