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意識は無意識を否定してしまうらしい

日記
08 /17 2016
昨日の記事のつづきです

よく、「もうひとりのわたし」的な表現があると思うのですが、今わたしの感覚としては
「意識ちゃん」と「無意識ちゃん」というふたりがいるのかな、という感じです。


意識ちゃんは、しっかりもの(自分内比較です)で、ちゃんとしなきゃ!正しいほうへいかなきゃ!と、いつも張り切っています。

無意識ちゃんは、あっけらかんとしていて、これおもしろそう!こっちに行きたい気がする!と、わくわくフワフワしています。

今までのわたしは、意識ちゃん9・5に対して無意識ちゃん0・5な感じで、たま〜に直感的に、「なんかそれは臭う。やめよう。」と回避することがあったり、「なんのためになるかわからないけどなんとなく今はやってみよう」と動くことがありました。
今になって、ああ、あれは意識ちゃんのすきをついて無意識ちゃんが誘導してくれたんだなぁ、と思い出せることがいろいろあります。
そしてそれらの出来事は、結果的にとてもわたしにとっていいものでした。

こうなると、じゃあもう意識を完全に手放して、無意識に生きればいいんじゃない?!と、影響されやすいわたしは思ってしまうところですが。
意識というのは、無意識を否定してしまうそうです。

「おいおい、それじゃその先はどうなっちゃうの?ちゃんと考えてる?なんの役に立つの?それがあなたのために正しいって保証はあるの??」
これが意識ちゃんから見た、無意識ちゃんへの気持ち。

うん、すっごいそういうのある。
自分のなかだけでもそういうのいっぱいあるし、人に話していてもある。
「それ、なんのためにやってるの?なんのやくにたつの?え、それ正解なの??無駄じゃないの??」みたいな。
わたしも人にそう言ってしまったことが、いーーーーっぱいある。
だって心配ですもんね。
「この子、フワフワしちゃって、大丈夫?生きていける?辛い目にあっちゃわない?」
そういう、優しい気持ちが、否定であることに気付けなかった。

「あなたのためを思って」という、うそ。

「あなたがこれこれこうなったら、それを見るわたしがつらい」と言えない、うそ。

(このへんのことについては、皆様いろんな気持ちがあると思うので、わたしの場合、に限定して読んでいただければ幸いです。)

ちなみにわたしはゲームのお仕事をしているかたに、それをしらず
「ゲームってなんのためにやるのか意味がわからない、ゲームばかりやっていると頭が悪くなるんじゃないか」
的なことをふと話題として話してしまったことがあります。

(恥ずかしながらわたくし、ファミコンが出始めた小学生の頃にはもうすっかり「なんとか自分の居場所を作って生き延びねば!」とサバイバル意識でいっぱいになってしまっていまして、遊び、というキラキラしたものがジリジリ自分のなかから失われておりました。)

言ってしまったのは5年くらい前のことですが、今こうして書いてみて、今は全然そんなこと思ってないので、なんかちょっとビックリです。
そのかたとは今もたいへん仲良くしているのですが、ホントごめんね!あんなひどいこと言ったのに仲良くしてくれててありがとう・・・!!!
いや〜あれは意識ちゃんがさ・・・いえ、言い訳はしません・・・!




「意識ちゃん」と「無意識ちゃん」の、まるで心配性なお母さんと自由な子供のような関係に気づくと、いろんなものが見えてきました。

無意識的に・・・直感のようなものに従ったときはだいたい自分にとっていい結果になったなぁ

意識の問いかけ・・・意味があるのか、価値があるのかなどを考え出すと、キラキラしていたものがとてもつまらないものに見えたねぇ

色々捨てたい、空間が欲しい、ポカーンとしたい、って思って、片付けがたまらなくしたいのは、無意識の居場所がほしいんだなぁ

鳩になりたいとかスズメになってお米や豆のことだけ思って生きたいなど思っていたのは、もうホント、無意識に生きたかったんだねぇ

夢中になりたい、そういうひとに憧れる気持ちも、無意識で動きたい、生きたい、っていうアピールだったんだねぇ

わたしがほしかった天国も、それは脱力した、無意識の世界のことだねぇ

そういや禅とか仏教的な考えの本なんか読んでいると「あれこれ考えず今にひたすら生きる」ってあるけど、あれもまさしく無意識の世界なんじゃないかなぁ

好きか嫌いかで決めるのはカンタンだと思っていたけど、それが絶対だとこだわりすぎると、しんどいねぇ、好きか嫌いかも、自分が思ってることも、わかんなくてもいいんじゃないかなぁ・・・うん、わかんないな!って投げると、あんがい無意識ちゃんが手を引いてくれるんだよねぇ



ああ、いつだって無意識ちゃんは「ここにいますからね」ってアピールしてくれていた。
ただわたしは意識ちゃんが一生懸命で、頑張っていたから、それこそ導きだと思っていた。
ただ力を抜くだけで無意識ちゃんの居場所はできたけどそれができなかった。

ただわかんないね、って認めるだけでよかったのにできなかった。
こわくて、信用してなかった、自分を。

どうなっちゃうのかわかんないのがこわくて、意識が作り出した「目に見える現実」にすがっていた。

てばなせば
もっととんでもなく広い世界があるような気がしてきている。

あ、これ以上考えると、それはまた意識ちゃんが作る世界になってしまいそう。



ひとの気持ちはわからない、自分の気持ちもわからない
でも、それでも、大丈夫。

まずはそう繰り返して脱力してみます。
そっと無意識ちゃんが手を握ってくれる予感がしています。





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武内香菜

25歳くらいの頃漫画家デビューして、3年間ほどホラー漫画を商業誌にて連載後、うつになり1年間ほど療養。
友人の映像制作会社立ち上げを手伝うなかで会社設立の流れを学び、2003年に(有)ユーデンフレームワークス を設立。在籍中に北米で漫画単行本を三巻出版。2011年講談社アフタヌーン誌にて四季賞を受賞。他、映像作品のキャラクター、衣装デザイン、企画用イメージイラスト作成などの機会をいただいていました。代表取締役として10年間勤務した同社を2013年退職。
今までの人生、いろんなことをやったのに、何がしたいかわからない自分に3年間みっちり向き合った後、2016年7月からYouTubeにて「コブタTV」というおやすみ前の3分間癒し番組を始めました。

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